Dreadnought TCG Wiki
Advertisement

恵比寿ユイ よすがのレスポンス #7[]

文/河端ジュン一
絵/片桐いくみ


 シャンティに電話をした翌日、ユイは彼女の両親が経営するカレー屋に向かった。
 彼女から連絡があって、警察関係に家族のいる同級生が話を聞いてくれるから、お店まで来てほしいとのことだった。シャンティのカレー屋には、これまでに何度も顔を出している。集団客が来るとすぐにいっぱいになってしまう、こじんまりとした店舗だが、このときは昼時を過ぎていたからか、お客さんは少なかった。
 店内には、店主であるシャンティのお父さんがいる調理場と、そこに接しているカウンター席、そしてカウンター席から通路を挟んだテーブル席がいくつかあり、シャンティは4人掛けのテーブル席に座っていた。ユイの入店に気づき、手を振ってくれたのでユイも振り返した。シャンティの対面には、こちらに背を向ける形で学生服の男の子と、警察風の青い制服を着た女性が見えた。少年と女性がユイのほうへ向き直り、立ち上がる。
「はじめまして。恵比寿ユイさんですね。おれは常盤さんの同級生の、天遊琳タケルと言います」
 黒い学生服の少年が言って一礼したので、ユイも頭を下げた。年齢に似合わない眼光の鋭さが印象的な子だった。無愛想とは思わないけれど、表情が固い。シャンティから聞いていた話では、彼のお父さんとお兄さんが八幡学園都市署に勤めているという。確かにそういった厳格な家庭で育ったと言われれば納得できる。
 その隣に立つ女性を見ると、目が合った。彼女はタケルとは対照的に、にっこりと微笑む。
「ローラ・トライベッカ。I2COから派遣された、タケルの仕事上のパートナーだよ。よろしくね」
「仕事、ですか?」
「ああ、厄介なテロ事件が起こってさ、ひと段落はしたんだけど犯人は捕まってなくて、その捜査」
「おい」とタケルがローラを睨んだ。「部外者には他言無用だ」
 その口調に、ユイはすこし気圧される。シャンティと同じ年齢なら中学生のはずだが、年上に向かって物怖じしていない。やっぱり子供らしからぬ迫力のある子だ。
 タケルとローラが座っていたテーブル席のソファを見ると、女性物の鞄に、細かな文字の並んだ用紙が何枚か詰め込まれていた。ということは、あれはテロ事件とやらに関する資料だろうか。
「だって、もうこのお店でもいっぱい話しちゃったじゃん」
「その間、店主さんは調理の音で聞こえてはいない。シャンティは席を外してくれていた」
「そうだっけ?」
「おまえには注意力が足りない」
 急に言い合いを始めたふたりにちょっと驚き、ユイはふたりの後ろに立つシャンティを見やる。彼女は困ったような微笑を浮かべて頷いた。その表情から、ユイが来るまでの間もずっとこんな調子だったのだろうな、となんとなく察した。
「別にいいじゃんか、教えたって減るもんじゃないし」
「そういう問題じゃない。ルールはルールだ」
「協力してもらえば、ひょっとすると思いもよらない手がかりがあるかもよ」
「一般人に情報を与えることは、それ自体が危険に巻き込む原因になり得る」
「テロ事件があったって教えるくらいで? そんなの普通ならテレビで流れるレベルの情報だと思うけど。八幡学園都市が保身のために情報操作したいだけじゃないの?」
「理由は関係ない。ルールは絶対だ。特に法規を守るべき、我々警察関係者の場合は」
「ははー、おかたいねえ」
 ローラがアメリカっぽいオーバーな仕草で肩をすくめた。タケルがユイを見つめ、そういうことなので、と頭を下げた。ユイは軽く手を振って、いいよ、と苦笑を返す。
「でも驚いたな。そんな大変なお仕事を、その年で任されてるの? まだ中学生でしょ?」
「おれは一般的な神醒術士よりも、戦闘に特化した神格を操れるので」
「……なるほど」
 神醒術士の実力に年齢は関係ない。むしろ、幼い頃から神醒術のある環境で育った世代のほうが高い適性を持つとする説もある。実際レイジは銃で武装した集団をひとりで無力化した。もちろん、それだけの理由で警察の仕事を一任されるわけはないだろうが、肉親が警察で、パートナーとして大人の女性がついているならば、抜擢するケースはあるのかもしれない。この街は例外的な事件が多すぎるから、対処する側も例外的な行動をとらなければならないのだろう。
 タケルが言う。
「あなたが相談したいという事項についても力になれることがあるかもしれません。我々でよければ、話を聞かせていただけますか」
「うん。ごめんね、大事なお仕事中に」
「いえ。この街を守るのは、警察関係者である我々の仕事です」
 しっかりした子だなぁと感心していると、ローラが口を挟む。
「情報が少なすぎて、まだ動けないんだよね。いちおう予告のあった襲撃はいったん食い止められたから、これからじっくり捜すところ」
「おい、喋りすぎだと何度言ったら――」
 ユイはまた苦笑し、タケルを落ち着かせる意味でも椅子に座るよう勧めた。タケルとローラ、その体面にユイとシャンティの並びで席につく。
 ユイは、同級生の消息が昨日の夜から掴めていないこと、そしてついでにストーカーと黒いライオンの事件についても話した。ストーカーのほうは具体的な被害が出ていないので、警察が対応してくれる可能性は低そうだけれど、一応。
 タケルは、ストーカーや黒いライオンについてはぴくりと驚く様子もなく聞いていた。その程度の事件は聞き慣れているのかもしれない。ただ彼は、行方のわからない同級生としてレイジの名前を出すと、途端に大きく表情を変えた。眉を挙げ、声のトーンを高くする。
「旭レイジ? それは、旭チヅルさんの弟さんの、ですか?」
 彼の反応に、ユイは違和感を覚えながらも頷く。
「ええ。チヅルさんを知ってるの?」
「あの人には、おれの兄も、父もお世話になっています」
「……? へえ、そうなんだ」
 よくわからない。チヅルさんは普段、料理教室の先生をしているはずだ。警察とは関係ないように思えるけれど。
「彼女の弟さんがこのタイミングで消息不明というのは、どうにも引っかかりますね。杞憂ならばいいですが、もしものことがあったら八幡学園都市署として責任が取れない」
「ん、ん? どういうこと? レイジってそんなに注目されてるやつだったの?」
 どうにも話が大きくなりすぎている気がする。たかがレイジのことなのに。首を傾げるユイをしり目に、タケルの横に座るローラが、鼻をぽりぽりとかいた。
「レイジって男の子については知らないけど、私もあんまりいい予感はしないね。聞いてる感じ、誘拐が計画的すぎる。こりゃ厄介な事件の臭いだ」
 ローラがタケルを見つめて、タケルがこくりと頷いた。
「これは、あらゆる意味で当たりを引いたかもしれないな。ローラ、調べられるか?」
「了解」

Story red yui img03

 ふたりが何の話をしているかユイにはわからない。ただ、さっきまでの言い合いが嘘だったかのようにローラは手早く承諾して、ゲートを起動した。青い光が彼女から放出される。次の瞬間、テーブル席の横に3つの首を持つ神格が現われた。狭いカレー屋にはそぐわない、巨大な図体だった。

「黒い……犬?」
 ユイが思わずのけぞる。その神格はどことなく、ストーカー事件の、黒い獅子を彷彿とさせた。
「私が今回起用されたのは、この子を使えるからって理由もあると思うんだよね」
「どういうことです?」
「この子も、私と同じで鼻が利く」
 ローラが犬の頭を順番に撫でながら、尋ねる。
「ユイちゃん、だっけ。君、レイジくんって子の身に着けてたものとか持ってない? なかったら貰ったプレゼントとかでもいいんだけど。レイジくんのガールフレンドなんでしょ?」
 言葉の意味をひとつひとつ考えるのに、数秒の間を要した。それから文末まできっちり理解したあとに、ユイは思わず「へあっ!? がが、ガールフレンド!?」と変な声を上げた。


マルコ・ベイカー 理論武装のリサーチ #5[]

文/河端ジュン一


 誘拐事件について調べろと言われた翌日には、本格的に動いた。
 アリス・フィフティベルというのが攫われた娘の名前と聞いている。マルコはその少女と面識がある。昔、I2COでおこなわれた模擬選でペアを組んだ。生意気だったが、その態度相応の実力を持った優秀な神醒術士でもあった。アリスには自覚が薄いかもしれないが、彼女は七賢者の娘であるということ以外にも、狙われるだけの価値をもった神醒術士だ。
 アリスが攫われたということは、敵はそれ以上に腕の立つ神醒術士だろう。
 誘拐当時、アリスは公園にいたという。しかし直前まで一緒にいた彼女の付き人の話によると、その時間帯はちょうど公園内にアリスと付き人がふたりだけになったタイミングで、新たにやってきた人間も目撃はされていない。つまり、犯人はなんらかの神律か神格の力によって、隠密に事を運んだ確率が高い。でなければ誰にも目撃されず公園に入ってアリスを連れ去るのは不可能だ。神格には単純な戦闘能力以外に、伝承に即した特性を持つものがいる。特性を使うためにはより強く神格の力を引き出す必要があるので、高等技術ではあるが。
 敵の神格が持つ特性は、おそらく姿をくらますなどの人目を騙す類か、あるいは転移のような力だろう。

 アリスが襲われたとされる、公園の公衆トイレ。その現場からは床に落ちたいくつもの羽根が見つかったらしい。神醒術士が一見すれば、神格のパーツであるのは明らかなものだったという。通常、術士と神格が現場から離れれば神格のパーツは具現化を維持できなくなり、消えてしまう。付き人がアリスの帰りが遅いことに違和感を覚えてトイレ内に入ってから、I2COの人員が現場を確認するまでに30分ほど。羽根が消えたのはさらに少し経ってからと聞いているので、それだけ術士の力が強かったという証明になる。
 調べによると、羽根のほとんどはアリスの神格・アテナのものだった。現場の壁や床がいくらか壊されていた点から考えても、おそらく襲われた際に顕現し、敵と交戦したのだろう。しかし破壊が少なかったことと、付き人が物音に気付かなかった点から、戦闘は一方的な結果に終わったのだろうと読み取れる。その証拠というわけではないが、現場にはアテナ以外の羽根がわずかながら混じってもいた。敵の神格が残したものだとわかる。
 これが、犯人の手掛かりとなる。
 マルコは羽根から読み取れる情報をもとに、敵の神格が、とあるソロモンの悪魔だと知った。あとは簡単だ。これほど強く残る情報体を呼んだのであれば、顕現を解除しても、情報の残滓が術士の肉体にこびりついている可能性は高い。その術士が現在どこにいるかを捜し出せばいい。八幡学園都市には多くの神醒術士が集まっているとはいえ、数ある中から1種の悪魔を、ここ最近のうちに顕現した者となれば対象は相当絞られる。
 マルコが取れる選択肢はいくつかあった。個人で動いてもいいし、他の構成員を頼ってもいい。テロ事件に関しては研究を進めるうえで余計な邪魔が入らないように個人で活動するつもりだったが、誘拐事件などマルコにとっては本音を言えばどうでもいい。ぱっぱと済ませるべき無駄なタスクだ。警察署を襲った虚影使いの研究にいち早く戻るためにも、人手を借りる方を選んだ。  現在日本にいる、I2COメンバーのひとりに、連絡を取る。
 他のメンバーからは「鳥」とも呼ばれている、パイロットの女性だ。少し変わり者のため組織からは扱いづらいと思われていて、集団から浮いてはいるが、マルコは彼女を嫌いではなかった。個人的趣向のために立場を利用している点でむしろマルコとは近しい性質を持っており、だからこそ話が通じやすいとさえ感じる。
 これまでにわかっている誘拐犯に関するデータをあらかじめ送ってから電話をかけた。
 4回のコールのあと、留守番電話に繋がった。すぐに切って、またかけ直す。それを4回くりかえしたところで、彼女は電話に出た。
「しつこい」
 というのが彼女の第一声だった。
「悪いな。急ぎで処理したい案件だった。お前の力を借りたい」
 と、マルコは悪びれもせず伝えた。
「興味がない。他をあたれ」
 彼女の声は小さい。その背後では、ごうごうと風の流れるような音が聞こえている。マルコは電話を少しだけ強く耳に当てる。
「今、どこにいる?」
「プライベートフライトの最中だ。具体的なポイントまで教える義務はない」
「空にいるのか。ならば都合がいいな」
 と返しながら、どうせ彼女ならそうだろうと予想できていた。彼女は空を愛しており、任務外でもそこらの空を自由に漂っている。組織の飛行機と飛行許可申請を個人利用するのは一般的な構成員には許されない行為だが、彼女に関しては特別に許可されている。彼女の索敵能力が異常に高いことに起因する。どういうメカニズムかは知らないが、まるで高性能のソナーでも持っているかのように、対象の位置を特定できるのだ。彼女はその能力を利用し、監視のための巡回という名目で、プライベートフライトを上層部に納得させている。そういう公私混同にマルコは好感を持つ。
 ほとんど情報のない対象でさえ容易に見つけ出せるのだから、こちらから情報を与えれば、精度がさらに上がることは明白だった。
「とある悪魔を顕現した神醒術士をひとり、捜してほしい。捜索に必要なデータはすでにそちらの携帯に送った」
「理由がないな」
「もちろん作ろう。上に申請して、お前には3日間の特別休暇を用意する。フライトの許可もこちらで取得しておく。次の週末はオキナワの空でもどこでも自由に飛んでくるといい」
 しばらく、悩むような沈黙があった。それから彼女はぼそりと答える。
「…………5日」
「わかった。特別休暇を5日。なんとかしよう」
「15分待て。追って情報を送る」
 やはり話の通じる奴だ。マルコはわずかに頬を緩めてから、ツーツーと無機質な音を鳴らすスマートフォンの通話終了アイコンをタップした。
 きっちり15分後に、必要なデータは届いた。スマートフォンの画面上に地図の画像が表示されている。そこに乗ったポインターが示すのは、八幡学園都市内にある廃墟だった。


ローラ・トライベッカ 猟犬のインデペンデンス #3[]

文/河端ジュン一


「なな、なにを言ってるんですか! 彼女とか、そういうんじゃないですよ!」
「あ、違うんだ」
「断じて!」
 狼狽するユイの様子は初々しくて、ローラはつい微笑む。
「ま、どっちでもいいけどさ。なんか彼の匂いがついてるものって、すぐ出せる?」
「……に、匂い?」
「うん。別に、そんなにしっかりしたものじゃなくてもいいよ。要するに物体に情報の一端が残っていれば、そこから辿れるから」
「いや、特には――」
 ユイは、一度は首をひねった。しかしそこでふいに、なにかを思い出したようで「あ」と、自分の学生鞄に手をやった。
「もしこれくらいでよければ、ありますけど」
 彼女が取り出したのは、1枚のプリントだった。学校の提出物として、つい最近、レイジから受け取ったものだという。
 ローラは、充分だね、と口元をゆるめてプリントに手を伸ばす。

 ローラの神格、ケルベロスは鼻が利く。
 厳密には、物品に残された情報の残滓を解析して、その所有者の現在地をある程度精確に特定できる。
 過去、I2COの重要任務に若かりしローラが抜擢されたのも、この力によるところが大きかった。
 ケルベロスは旭レイジのプリントに3つの鼻を押し付け、くんくんと嗅ぐ。やがて3つの頭を揃えて上げ、カレー屋の出口を向いた。
「へえ。意外と、近いかな」
「えっ、もうわかったんですか?」
 ユイと、その横のシャンティも驚いている。まあね、とローラはウィンクする。
 神格が五感で得た情報は神醒術士にも共有される。ローラの脳内にはすでに街の地図が浮かび、そのうち1か所にターゲットポインターが置かれている。
「さっき見た街の地図からすると、廃墟がある場所だね。今は使われてない施設のはずだ」
 そこでシャンティが口を開いた。 
「そういえば……テドちゃんから聞いたことがあります。夜な夜な恐ろしい唸り声が聞こえる廃墟の噂」
「テドちゃん?」と、ユイが首を傾げる。
「ユイさんが来るまでの間、タケルくんには別の事件の相談をしていたんです」
「え、シャンティまで変な事件に巻き込まれたの?」
「あ、いえ。私というか、私の同級生が。それがテドちゃんです。今はもう、たぶん安全だと思うんですけど」
 ふたりが話している間に、ローラはこれまでに聞いた事件それぞれの情報と、今わかった誘拐犯の居場所を組み合わせて、脳内で整理してゆく。廃墟、黒いライオン、ストーカー、旭レイジの失踪、そしてテロ事件――往年のカンから、正解を引き当てた実感があった。にっこりと笑って、席から立ち上がる。
「なるほどね。うまくいけば、すべてが綺麗に解決するかもしれない」

Advertisement